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なぜ追憶が楽しくなくなったのか

妻の名前はさやかといいます。

これから少しずつ、過去の記憶をたどりながら、さやかの闘病生活について記録していきます。
あの記憶を呼び起こすのはとても辛い作業ですが、さやかの願いを叶えるため、まだ幼い子供達に母の生き様を知ってもらうため、そして自分の心を整理するため、頑張って書いていきたいと思います。

2016年7月待望の第二子(男の子)が誕生。第一子も姉の子供二人もみんな女の子だったので、本当に心から男の子の誕生を喜んだ。
頑張った妻には本当に心から感謝。絶対に男の子を産むという目標も達成出来て、彼女の人生はまさに絶頂期だったと思う。でも出産まで兆候がなくて、既に癌に侵されているとは全く気付かなかった。
今考えると、体重が増えないから小さい子供が生まれるかも。なんて6月くらいから話してて、大きな子が産まれたから、その時から病魔は確実にさやかの身体を蝕んでたんだろうと思う。実際に産後の体重の減り方は異常だった。

2016年8月
なぞの腹痛が発生。近くの診療所に通院するも、原因不明で、便秘薬、整腸剤と痛み止めを処方。
しばらくすると、5日くらい便秘が続いて痛みも強くなってきた。そして今度は下痢に変わる。痛みがない日もあり、精神的にも不安定。
この時は仕事も忙しく、産後って色々あるのかな。時間が解決するかな。としか思っていなかった。
良くなったり悪くなったりの繰り返し。近くの総合病院で、点滴を打ったりして苦痛を凌いでいた時期。告知まであと3か月・・・・。
この時期に癌を発見出来ていたら少しは命の長さが違ったかなとも思う。病院に行けば全て見つけてくれると思ったら大間違い。自分の身は自分で守らないといけないと思わせる時期でもあった。

あの直木賞作家がこっそり教えてくれる追憶の真実

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