追憶とか、勇気とか、見えないものも乗せている。

PR

Pocket

多重人格と追憶の意外な共通点

2017年3月1日。この日から私は育児休業を開始しました。
この育児休業は2018年4月22日まで行う予定なので、約1年2ヵ月ほど職場を離れる事になります。 
妻の大腸がんという病気が判明したのが、2016年11月10日。

上の子は3歳。下の子はまだ生後3ヵ月でした。

当時、私は大きなトラブルプロジェクトのリーダーとして、毎日毎日が激務で深夜帰りや休日出勤も当たり前でした。
妻は病気である事がまだ分からず、産後に体調が悪くなりながらも、必死で子供を育てながら、仕事で疲弊する私の事も支えてくれました。

仕事は辛かったですが、会社から信頼され、仕事に対してやりがいも感じていました。

妻の病気が分かった時。妻に残されている時間が、もしかしたら少ないかもしれないと悟った時。
仕事なんぞしていられませんでした。
妻に恩返しをしなければならない。迷わず私は妻の側にいる道を選びました。
積み上げてきた地位に未練はありませんでした。

上司も分かってくれていました。厳しい判断も下されました。

でも理解してくれた会社には感謝しています。
そして、安心して復帰出来るように、時短勤務や在宅勤務などの制度も利用できるようで、絶望的な状況は何とか回避出来そうです。

育児休業を取得した時は、こんなに長く休む事になるとは思ってもいませんでした。
だって治ると信じていたから。
抗がん剤治療が功を奏して。育児が出来るように元気になってもらって。予定では4ヵ月くらいで復帰する予定でした。

復帰しようとしていた矢先に妻の体調は悪化しました。
休業期間の延長を許してくれて。今に至ります。
もう今までのような席に座れるとは思っていないけど。いい。
だって。
休職出来たおかげで。2017年10月14日まで。ずっと妻の側にいる事が出来たから。

約7ヵ月半。
ここから二人三脚で病気と闘った日々。

かけがえのない日々を。書き遺していきたいと思います。

追憶 OR DIE!!!!

2017年1月5日。
今日から会社が始まった。当然サラリーマンなので出勤しなければならない。
今でこそ育児休職中でずっと家にあるが、この時はまだ休職前。(このブログを書いているのが2018年3月1日。休職してからちょうど1年が経った!社会復帰出来るかな。。)
ただ2016年と違うのは週2回まで在宅勤務が出来るようになった事だ。
これでお義母さんの負荷がだいぶ下がる。

やはり3歳と生後数ヶ月の赤ちゃんを、抗がん剤治療をしながら一人で面倒を見るのは不可能だった。
世の中には抗がん剤治療をしつつ、量を調整しながら仕事をやっている方もいると思うが、育児は24時間休みなしだからそうはいかない。
なので、常に誰かが妻と子供達の側にいて、子供達の面倒を見る体制を作った。

私は去年までは毎日仕事だったから、常に一緒にいてくれたのはお義母さんだった。でも私が在宅勤務出来れば週3日程度で済む。
これがその時のシフト表
△は在宅勤務中だから家にいるけど、基本は仕事中なので育児不可だから0.5人分という意味。
在宅勤務も建前上は、就業時間内の家事育児はNGとなっている。なので、その時間には義理の妹にいてもらうようにした。
つもりだったけど。。
結果的に義妹が手伝ってくれる回数はかなり少なかった。
義妹は深夜の仕事をしてるのだが、今回の件をきっかけに休みを増やしてもらう事になっていたが、そうもいかなかったようだ。
来れると言っといて来なかったり、時間を守らなかったりして、私にも妻にも余計なストレスがかかってしまった。
結局妻の体調が良い日は何とか頑張ったり、お義母さんに来てもらったりして、私が休職に入る前の1月と2月は何とか凌いだ。

こうしてみんなでフォローし合いながら彼女の闘病生活を支えていた時期であった。

PR

コメントは受け付けていません。